都立高校の入試Top >  都立日比谷高校 >  日比谷ルネサンス –都立日比谷高校の復活

日比谷ルネサンス –都立日比谷高校の復活

都立では最難校の都立日比谷高校は、国会議事堂を見下ろす好立地に位置する。古くは、府立一中としてその名を知られている。夏目漱石、横山大観、小林秀雄など歴代の著名人を数多く輩出してきたことでも知られる。その往年の偉容は、都立高校の衰退、私立高の躍進の中で、一時陰に隠れたかに見えた。しかし、都立高校の改革と自主努力の成果で、見事、国公私立高校全般の中で、進学実績の高い高校として返り咲いた。日比谷の有名な改革である『日比谷ルネサンス』を通じた根本的な教育改革は、東大に年間30名前後を送り出す成果として表れている。ここでは、日比谷高校の改革『日比谷ルネサンス』に焦点を当ててみたい。

2001年日比谷高の校長に、東京都教育庁出身の長沢校長が赴任する。赴任早々、彼は、通称「日比谷ルネサンス」という制度改革を実施していく。入試制度においては、全国の公立高校で初めての独自入試を実施。公立学校に週休2日制が実施されると、「1授業50分、1日6時間授業」体制を「1授業45分、1日7時間授業」に切り替える。休み時間も減らし、週に数回放課後に補講を実施するという徹底ぶり。もちろん夏期休暇中にも学校で補講を行う。「日比谷ルネサンス」は、教育カリキュラムだけでなく、教師への評価体制を抜本的に改革するものでもあった。2002年「進学指導重点学校」に指定された日比谷高校は、教師公募制を活用することになる。良質な教師の積極的導入と、情熱の欠如する教師の自主的な退校。こうして、日比谷高校は完全に復活する。

制度の改革は痛みを伴うものである。その痛みの影に、多くの教師は日比谷を後にせざるを得なかった。日比谷の改革は、一見、急進的かつ斬新に見えるが、私学ではそれほど珍しいことでない。その点、改革を通して、日比谷は、教育の本来のあり方にむしろ戻ったといって過言ではないだろう。このような本質的な改革ができるのも、伝統校のプライドが背景にあった所以であることは否定できない。改革は次なる改革の序章に過ぎない。これは、復活後の日比谷に対して、エールとともに送りたい警句である。

スポンサードリンク

関連エントリー

都立高校の入試Top >  都立日比谷高校 >  日比谷ルネサンス –都立日比谷高校の復活

sty0.jpg

スポンサードリンク

検索